― 小澤裕昭、アッシュホーム創業までの物語 ―
第一章|原点は「暮らし」と「人」だった(※派手さゼロ)
第二章|住宅業界の最前線で知った、リアルとモヤっと感
第三章|出世しても消えない「それでいいのか?」という声
第四章|独立という決断。きれいごとじゃない理由
第五章|アッシュホーム誕生。楽じゃない道を、わざわざ選ぶ
最終章|これから家を建てるあなたへ
第一章|原点は「暮らし」と「人」だった(※派手さゼロ)

人は環境と人に影響されながら、自分の価値観をつくっていく。
これは、自己啓発本ではなく実体験です。
昭和43年9月7日。愛知県名古屋市中川区。
小澤裕昭は「ご近所の暮らしの気配が耳に届く、、」「街の息づかいが日常に感じられる、、」そんな街で双子の長男として生まれた。
派手さは…?ない。
成功者っぽいエピソード…?今のところ皆無。
でも家族が集まって、笑って、時々ケンカして、、「はいはい、今日はここまで」で一日が終わる。このなんてことない暮らしが、ずっとそばにあった。
この頃から自然と身についたのが周りの人の生活をちゃんと見る目と、どうしても目を逸らせない数字への感覚。
後にこれが、「都合のいい説明ができない性格」という、住宅業界では若干めんどくさい特性になる。
第二章|住宅業界の最前線で知った、リアルとモヤっと感

大学卒業後、小澤は住宅業界へ。
ミサワホームの展示場勤務にて営業と現場を経験する。
そこに来場するのは、「夢を見たい。でも失敗はしたくない。」ご家族。
・契約書の内容を3回確認するお父さん
・営業トークを一切信用していないお母さん
・ローンの概念を知らずに展示場を走り回る子ども
「家を建てる」という選択が人生にどれほど影響するか、 現場に立つほど嫌というほど分かる。
だからこそ、心の中の自分がこう言い始める。
「この説明、ほんとにフェアか?」
「売る目的だけが優先してないか?」
決して口では言わない。
でも、思ってしまった時点でもう戻れない。
第三章|出世しても消えない「それでいいのか?」という自問

アキュラホームへ転職し、東京・浜松・名古屋の市場を経験。
マネジャー、支店長として組織も数字も背負う立場に。
・売上は上がる!
・評価もされる!
・肩書きも、それなり!!
でも「正解っぽい家」は増えても、「その家で幸せかどうか」は誰も追いかけていない。
会議で語られるのは、棟数・利益率・スピード。
暮らしの話は、だいたい最後に少しだけ。
「家づくりって、そんな順番だっけ?」
この疑問がずっと喉に引っかかっていた。
第四章|独立という決断。きれいごとじゃない理由

創業について、小澤はこう言っている。
「覚悟がなければ、独立なんてできない」
本当はもう少し正直に言うと「怖いし、不安だし、逃げ道も欲しかった」
でも「自分が納得する形で、家づくりのお手伝いをしたい。」
それだけは譲れなかった。
地域の人との関わり、本音で対話したいお客様。
そして、自分は間違っていないと全力で向き合える仕事。
2013年5月。
小澤裕昭は、効率より納得を優先する会社を立ち上げた。
第五章|アッシュホーム誕生。決して楽じゃない道を選ぶ

アッシュホームは拡大至上主義でも、売り上げ至上主義でもない。むしろ「それ、本当に必要ですか?」をしつこく追及する会社。
・適正価格(安さで釣らない)
・デザイン性(無難=正解ではない)
・住んでからの関係性(ここを軽視する会社は意外と多い)
家は建てて終わりじゃない。
むしろ、建てた後の方が逃げられない。
だからアッシュホームは、家づくりに本気で向き合う人たちが集まっている。
最終章|これから家を建てるあなたへ

家づくりは大変です。
工程が多い為、迷うし、揉めるし、正解も多数。
だから私たちは、都合のいい答え方はしません。
「やめた方がいい」と言うこともあります。
それが、お客様にとって最善であるならば。
家は建てた瞬間から、住み続けるための維持・管理がスタートします。
アッシュホームは、お引渡し後のお付き合いを最も大切にしています。。
「もし“売るだけの家はいらない”と思っているなら私たちは相性がいい。
都合のいい家づくりが、あとから人生に都合よくなるとは限らない。」
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